*「幼馴染」の続きになります。






小さな顔が、これ以上ないくらい赤く染まっている。
俯いた頭の形が丸い。華奢な肩、ショートボブの髪が柔らかそうだ。
「えと、つまり?」
総司が不思議そうな顔で首をかしげている。
とても理解が追いつきそうにない。目の前に本人がいるのだから、聞いてしまえ。と、そんな風情だ。
少女はさらに頭を俯かせた。襟から濃紺のリボンが覗く。
濃紺は一年の色。総司と同学年だ。
「あのね、だから…」
日差しがつよい暑い日だった。この分だと夜になっても暑いに違いない。
よく晴れた綺麗な夜空になることだろう。
「一緒に行かない?花火」


「かーみや先輩、一緒に帰りませんか?」
今日はないだろうと思っていた後輩からの呼びかけに、セイは数秒躊躇した。
後輩、幼馴染でもある総司は、すっかり帰り支度を整えている。
剣道部の活動の後だ。施錠の済んだ道場を確認し、
荷物を取りに行けばセイだってすぐに帰ることが出来る状態ではあるが…
「先輩?」
「ん、と、沖田君、私と帰るの?」
背後をテニス部の女子が賑やかに通り過ぎていくのを気にしながら、セイは総司を見る。
思い描く記憶よりも高くなった目線。
「今日は斎藤君も藤堂君も用事があるって言うし、原田先輩永倉先輩もすぐ帰っちゃったんですよ」
みんなして何なんでしょうね。と、膨れるそぶり。
子供っぽいその仕草に安心したせいかも知れない。ぽろり、と触れるつもりのなかった話題が口をついた。
「花火大会だから、みんなデートなんじゃない?」
はっとしたときにはもう遅く、思わず総司の顔を見て黙ってしまう。
こちらを一秒見つめかえした総司は、すっと理解したという風に「ああ、そうか」と呟いた。
「先輩、あそこにいたんですね」
ぎくり。ほんの数ミリ肩が跳ねてしまったことをセイは後悔した。どうしてこう、自分は嘘が苦手なのだろう。
いつもニコニコとしている彼なだけに、表情なくこちらを見返す総司は別人のようにすら見える。
夕日に照らされた焼けた頬、前髪の向こうの目は深く黒い。
最近時々思う。こんな顔をする子だっただろうかと。
「ご、めん。わざとではないんだけど、聞こえてしまって…」
嘘ではない。本当に通りがかっただけだったのだ。
黒い胴着に見慣れた癖っ毛頭を見つけて、あっと思ったときには聞こえてしまっていたのだから。
「誰か通りかかったのは知ってました」
「え」
「あの人は気がついてなかったみたいでしたけど」
「そ、それでどうしてそのままにしておくのよ!」
盗み聞きの罪悪感が一瞬で吹き飛んだセイは思わず総司を睨んだ。
自分だったら耐えられない。告白に限りなく近いあんな場面を人に見られるなんて。
「なんで先輩が怒るんですよう…」
セイの青ざめた怒りに慄いたように、総司の視線が逃げる。
もごもごと歯切れ悪く呟きながら、手がわしわしと後ろの髪をかき回した。
子供の頃から照れたり困ったりすると出る総司の癖だ。
「どうしてもなにも、そんな話になるとは思わなかったんですもん」
拗ねたような口調。後ろ頭がどんどんくしゃくしゃになっていく。
人懐こい性格で、元気で、剣道が好きで、親切で優しくて。
少し前に別人のようだと思った総司が、急に幼馴染の顔になる。
あちこちに跳ねる後ろ髪を見かねて、セイが総司の手を下ろさせたときには、
波を引くように気持ちが治まっていた。
「わかったから。…ごめん、盗み聞きしてた私のほうが悪いよね」
姉のような気持ちで、総司の後ろ髪をそっと指で梳く。
総司の目がまぶしそうに眇められてこちらを見た。
こうして近くにいると、春には同じくらいだった身長が、今では完全に抜かされてしまったことがよくわかる。
髪に触るのだって、ちょっとがんばって手を伸ばさないと出来ない。
俯いたあの少女は小さくて、総司の背が随分高く見えた。
小さな頃から隣に見てきた横顔が、じっと彼女を見つめていたのを思い出すと、
セイの胸にすこしの靄がかかる。
「花火行く日に、総司君が別の女の子なんかと帰ったら、彼女が悪い気するでしょう?だから…」
「言った!」
驚いて顔を上げると、ぱん!と大きく手を叩いて総司が顔中で笑っていた。
ああ、いつもの彼だとほっとした瞬間、セイは自分の犯した間違いに気がついた。
ばつの悪い思いで、口元に手をやる。
「特権行使です。一緒に帰りましょう」
「ね、今の私の話、聞いてた?」
「花火には行きません」
はっきりと真っ直ぐな視線を向けて総司が言う。
どきり。と、セイの心臓に小さな衝撃。
「…断ったんだ?」
その言葉を口に出すのに、なぜだか勇気が要った。
総司の目が夕日の中で優しい。ゆるく細められて、小さく笑っていて。
いたわるような、慰めるような。
「今日はセイちゃんと帰りたいんです」

それでセイはようやく気がついた。
総司も「あの場」にいたのだという事に。

「…見てたの?」
「全部じゃないけど。でも、ごめんなさい」
「じゃあ、聞いた?」
「うん。セイちゃんは、すごく偉かった」
午後ずっと続いていた重苦しい気持ちが、わっと波になって湧き上がってくる。

昼休み、思い切って彼のひとを探した。
ずっと前から声をかけようかけようとは思っていたのに、
花火大会当日までひっぱってしまったのは勇気がなかったからだ。
「一緒に花火に行きませんか」と口にできたときには、自分を思わず褒めてしまったくらい。
緊張して、緊張して、でもどうしても言いたくて。
けれど、返ってきた言葉は「ごめん」だった。

「…彼女がいるって噂は知ってたんだけどねー」
笑いながら泣きまねをすると、総司の手が伸びてきて、いたわるように頭を撫でられた。
しばらくその優しい感触に身をゆだねていると、
ふと前髪の中に指がもぐりこんできて、親指が生え際を撫でる。
指はそのまま滑って、乾いたままの眦を促すようにさすった。
親が子にするような、無心の愛撫。
「(総司君のほうが年下なのに)」
情けないと思う反面、本当に涙がこみ上げてくるから不思議だ。
「でも、偉いです。部活中もずっといつものセイちゃんでした。誰も気がついてないですよ」
「そうかな…」
「うん。あの籠手は完璧でした。中村君ちょっと泣いちゃってましたもん」
大真面目な声に、涙の中でくすりと笑った。

日が落ちて、施錠の済んだ道場前には人影はない。
しばらく総司の慰めに任せ、涙が落ちるままに任せ、
ようやく顔を上げたときには薄い紫の雲の向こうで星が光る時間になっていた。
「…帰りましょうか」
「…うん」
置きっ放しになっていたセイの荷物を取りに行き、どちらともなく手を繋ぐ。
こういうとき、総司に双子のような慕わしさを感じる。
予想に反して過ごしやすく下がってきた気温の中を歩きながら、
ふと、考えていたことを聞いてみた。
「でもまさか、本当に私と帰るために断ったんじゃないよね?」
優しい総司が、失恋続きの幼馴染を放っておくことは出来ないかもしれないが、
まさか、それだけの理由で?
危惧なのか期待なのか、よくわからない気持ち。
「(期待?って、一体、何に?)」
逢魔が時の光では、横顔の総司から表情が読めない。
シルエットになりかけの肩が、深呼吸をしたように上がって、下がった。
「……花火とかって、好きな人と行くものでしょ」
なんとなく、特別じゃないですか。ぼそぼそという声。
「じゃあ、他に好きな人がいるんだ」
「な、何でそうなるんですか!?」
今度ははっきりわかった。総司の顔がうっすらと赤い。
ゆっくりと下から総司の顔を覗き込むと、うぅとうめいて総司が苦悶の表情を浮かべた。
「沖田君、さっき3回くらい私のこと『セイちゃん』って呼んだよね」
「…コンビニで300円分アイスでも花火でもおごります」
「え、ほんと?じゃあ買っていこうか、花火」
300円あれば、子供用の小さい花火セットくらい買えそうだ。
家に余った花火もあったはずだからあれも足して、
セイの家の前なら道路が広いから、十分手持ち花火くらいは出来る。
そう思ったら、総司を追求してやろうという気持ちがとたんに失せた。
泣いたあと空っぽになった胸に、急に小さな楽しさが沸いてくる。
「ご飯食べたら、一緒にやろうよ」
総司の手を引き、コンビニへ向かいながら振り返ると、
ため息を一つついた後、総司が笑った。
まだ慰められている感覚があったけれど、今は素直に甘えることにする。
「失恋に花火だなんて絵になりすぎるね。花火が嫌いになったりして」
「大丈夫ですよ」
きゅうと手を握る力が強くなって、すぐそばに総司の笑みがあった。
意に反してセイの心臓がひとつ大きな音を立てる。
すこしでも身動ぎすれば、総司の唇がこめかみに当たりそうな位置。
「今にぜったい良い思い出のほうが増えるから」
ささやくような声は、低く、甘く。

ぱっと手を離し、身を起こしてコンビニに向かう総司の背中を
「なにいまの…」
セイは呆然と見送った。
さっそく忘れられない思い出になりそうな予感がした。








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現代版幼馴染年第二段、お付き合いありがとうございました。
なんだか蛇足に蛇足が連なって、長くなってしまいました。
セイちゃんは、かなわない恋ばかり好んでしそうな気がします。
総司は花火は好きな人とじゃないといけないものらしいです。男のロマン。
そろそろ反撃に出ています。セイちゃんは意外に変わり身が早いか?;
宜しければご感想お聞かせください〜!

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