春らしく薄い水色の空。
日差しは暖かいけれど肌に触れる空気はまだ冷える初春。
沖田総司は斜め前を同じ方向に歩く人をまぶしく見つめた。
すんなりと細く白い首が、肩に届く髪に見え隠れする。
「車道側ずんずん歩くの止めてくださいよ。なんだかすごく情けない…」
さっきから考えていた不満を口にすると、斜め前からくるりと顔が振り返った。
大きな黒い目は長いまつげに縁取られているが、光が入るとどこか少年めいた表情になる。
美少女といって差し支えないはずが、あきらかにむっとして睨んでくる姿は
総司には慣れ親しんだ般若の相である。これで怒ると相当怖いのだ。
「情けないって、何が」
「ちがいますちがいます。セイちゃんのことじゃないですよ!
 私が、です。だって普通風上とか車道側とか、男が立つものでしょう?」
なのにセイちゃんってば足早いんですもん。と続けると、
むっとしていた顔が今度はふと緩んで苦笑に変わった。
「『セイちゃん』じゃなくて『神谷先輩』」
「あ」
「それに、可愛い後輩を無事に送り届けるのは先輩の役目だから、
 やっぱり私がこっちを歩いてていいの。それより早く帰ろう?
 きっとみんなお祝いの準備をして待ってるよ!」
年は一つしか違わない。いや、彼女は早生まれだから、
夏に生まれた総司とは正確には一歳も違わない。実際この間まで同い年だったのだ。
それなのに、急に翻したように年上ぶりだす彼女が総司には不満だった。
高校の合格発表の帰りである。総司はこの度無事志望校に合格して、
4月からは高校生となる。斜め前を歩く彼女の後輩として。
彼女と同じ高校に通うため、苦しい受験に耐え、勝ち抜いた。
本当ならこの勝利の味をもっと晴れやかな気持ちで味わいたいものなのだが。
「急に変えろったって無理ですよ。長年の癖みたいなものなのに」
「無理でも何でも!だって、剣道部に入るんでしょ?うちの部上下きっちりしてるんだから。
 私も『総司君』じゃなくて『沖田君』て呼ぶからね!」
えぇー、気持ち悪ーい。という総司の悲鳴は当然無視された。
小学校の頃、近所に彼女が越してきてから、ずっと一緒に育ってきた。
二人とも泣き虫で、いたずらが好きで、
顔はちっとも似ていないのに双子のようだといつも言われていた。
それが少しずつずれ始めたのは、彼女が一足先に中学校を卒業し、
電車で3駅、さらにそこから自転車で10分かかる距離の高校に通いだしてからだった。
中学から続けた剣道を高校でもがんばりたいと言った彼女は毎日部活に明け暮れ、
受験生になった総司は竹刀を手にしただけでも怒られる始末。
じりじりと総司が焦燥に駆られる間に、彼女は頬の丸みが少しとれ、髪が伸び、綺麗になった。
理由は「高校の部活はハードだから、ちょっと痩せちゃったv」だけでは、きっと無い。
「…どうせ誤解されたくない相手がいるだけでしょ」
ぽつりと言ってやると、素直な彼女の頬にぱっと花が咲いたように朱がさした。
それを隠すようにぷいとまた前方を睨んで、斜め前を早足に行く。髪から覗く耳までも赤い。
ああ、可愛い。口にまで上って出そうな気持ちを呑み込むと、総司の胸は詰まった。
あんな顔を毎日拝めている輩がいるのだ。高校には。
そしてそれ以外にも、彼女に想い焦がれている男はたくさんいるに違いない。
本人に自覚が無いのだから、とことん罪作りである。
「(勝ち目あるのかな、私)」
双子のような幼馴染の域を出ない自分。おそらく絶対安全だと思われている自分。
彼女のいいところも悪いところも、家族のように知り尽くしている。
ちなみに、恋の相手の好みも。
「セイちゃん、さてはまた年上ですね」
「またって言わないでよ」
「年上で『先生』とか『先輩』が好きなんだもんなぁセイちゃんは」
「だって」
だって、のあとは続かない。
彼女の恋は、いつも話を聞くだけでキラキラとしている。
憧れて、見つめて、追いかけて。ほほえましくて可愛い。そういう恋が好きなのだ。
総司の彼女への気持ちは、恋以前に深く根ざしている親愛の情があり、
自分でもこれはただ姉のような彼女を他の世界にを取られて悔しいだけの心情なのかと思うこともある。
けれど、ふと近寄ったときの甘い香りに、伏せられた睫に、耳に優しい声に、
言いようの無い気持ちがあふれそうになる。
頬にくちづけたい。おでこを合わせて、その目を覗き込みたい。
懐かしい。に近い、いとしい。
たくさんの「こうしたい」を実行できたことは一度も無いのだけれど。
彼女が驚くだろうから、もしかしたら、怖がらせてしまうかもしれないから。
けれど、今日くらいは良いだろうか。合格のお祝いに、ひとつくらい。

春先の強い風が吹いて薄手のコートが強くはためく。
彼女の髪が乱れて、総司の心にとっさに浮かんだ「こうしたい」は、
自分が許す前に体が動いていた。
「『先輩』」
「え」
手首を捕まえられて、彼女の体が軽い衝撃につんのめる。
総司は大またで追いつき、追い越して、有無を言わさず位置を変わった。
「やっぱり車道側は私が歩きます」
擦違いざま、目線がぶつかった。ほとんど変わらない高さ。
彼女が驚いたように目を丸くした。
「総司君、急に背が伸びた?この間まで私のほうが高かったのに」
「『総司君』じゃなくて『沖田君』なんでしょ」
「あ」
「入学してから賭けしましょうか。間違って呼んだほうは一回につき100円」
にやりと笑うと、快活な瞳に挑むような色が挿した。
「いいね」
ちっとも負けるだなんて思っていない彼女が嬉しかった。
捕まえていた手を離し、小さな手の細い指をきゅっと握りこむ。
少しだけ彼女の手がすくんだのがわかった。
「…なんで手を繋ぐの」
「幼馴染の特権で」
「特権って」
ふっと空気が抜けるように彼女が笑う。あやすような響き。
けれど覚悟していた拒絶が無かったことが嬉しくて、総司は子ども扱いを甘んじて受けることにした。
今はまだ、これくらいでいい。
「やっぱり私は100円じゃなくていいです」
「え?なに500円?高いよそれ」
「じゃなくって、一回間違って呼ぶたびに、一回『特権』を行使することにします」
「えぇ?」
きっと彼女は意識していない、繋いだ手の大きさの違い。並んで歩く足の、靴の大きさの差。
背だって今に追い越して、彼女が恋する「年上」たちと遜色ないくらいになってやろう。
「覚悟しててくださいね」
いまに、きっと。





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つい書いてしまいました。年下総司×神谷先輩序章。
序章と言っても、続きを書く予定はありません^^;
ネオロマ的幼馴染&年下のエッセンスをつめこみたかったのだけど、
いまいち上手くいったかわかりません。うーん。
年下総司はちょっとロマンチストが良いです。
「女の子は男が守るもの!」と思ってそうな。火原…
恋愛観はセイちゃんより大人ですが。
お気に召しましたらぜひご感想ください!
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